瀬戸内海

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 因島から船で1時間。魚島は瀬戸内海のど真ん中、燧灘(ひうちなだ)にぽつんと浮かぶ小さな島である。広島からも愛媛からも遠い。
 
 愛媛県に属していながら、四国の分図でもこの島を載せていないものが多い。やや「忘れられた島」の感がある。人口200人の島は閑散としている。200人のうち常時島に滞在しているのは50人にも満たない老人と小中学生で、高校生以上の若年層は勉強や仕事のために島を離れている。

 島民以外でこの島を訪れるのは釣り人くらいなもので、釣り竿を持たずにうろついている外部の人間を見かけると不思議そうな眼をむけられる。 僕がこの島を訪れたのはクロツバメシジミを探すためだった。隣の高井神島までは分布しているが、魚島からは記録がなかった。
 クロツの方は惨敗した。海岸に生えるツメレンゲを求めて島をほぼ1周したが、ツメレンゲもタイトゴメも、そしてクロツも確認することはできなかった。島の方の軽トラに乗せてもらい、ふらりと立ち寄った小中学校でクロマダラソテツシジミを拾ったのが、魚島探索の唯一の収穫となった。天気はあまり良くなかったが、港へ行き夕日を見ていた。

 「むかしは2000人も住んどったんよ」毎日港で釣りをして余生を送っているおじいさんが口を開いた。彼の眼は絶えず海面に向けられており、夕日が煌めく水面にナブラと呼ばれる魚群を見つけると、正確に群れの真ん中に糸を送りこむ。そして次の瞬間には竿が半月にしなり、活きのいいサバが降ってくる。僕の足元にはそうしたサバが何匹も暴れている。おじいさんはサバにも僕にも構わずまた水面を眺めては糸を繰り出す。
 「陸稲くらいは作っとったんじゃろうが、今では考えられんね。」島を歩いてみると、2000人という数字は全く信じられないものに感じられる。港の背後に迫った急斜面はそのまま2つの山を形成し、島の反対側まで急峻なガケとなる。島の道路が1周していないのはこのためである。引き潮に合わせて道なき海岸線を這うように進んでみても断崖絶壁に阻まれてついに1周することはできなかった。では山中はというと、僅かながら畑が作られているほかは荒れた山林が広がるのみである。川もないので水田もできないだろう。港の周りに集中する集落の飲料水すら心配になってくる。
 
 やがて、おじいさんは釣った魚をすべて近くの釣り人に分けてしまった。「また釣れるから」と言ったおじいさんは朝から何も食べていないはずだった。
 日が沈んだあと、灯台のきらめく瀬戸内の島なみを撮影し、僕ひとりしか泊っていない民宿に帰った。おじいさんは一人サバと遊んでいた。その後姿は何だかとても楽しそうだった。
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